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【2019.7.11.更新】

こんにちは。

今日は小学校での「絵本の読み聞かせ」に行ってきました。

私には小学校低学年の子供がいて、他の保護者の方たちと交代で月1回程度、自分の子供のクラスで「絵本の読み聞かせ」をしています。

低学年の子供たちはかわいくて😍元気を分けてもらい、気分良く帰ってきました。

最近ブログを書き始めて、自分と英語の関わりを考えるようになったのですが、私がはじめ英語と関わったのもちょうど小学校低学年の時でした。

私のこれまでの英語との関わりや英語学習について、自己紹介を兼ねて書きたいと思います。

【小学時代】はじめての英語。

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私がはじめて英語に触れたのは小学1年生の時です。

父の仕事の都合で1年半アメリカで暮らしました。

近くに日本人学校がなかったので、ABCも知らずに日本人のいない現地の小学校に通いました。

全く英語がわからないのにどうやって学校で過ごしていたのか今思えば不思議ですが、通学がイヤだと思った記憶はありません。

アメリカに滞在して半年から1年経った頃には、英語でのコミュニケーションにあまり困らなくなっていました。

友だちの家に遊びに行ったり、自宅で私の誕生日パーティーで友だちを招いたり、日本と同じように友だちとの交流がありました。

学校の先生や友だちとその家族には本当によくしてもらい、楽しいアメリカ生活でした。

***

アメリカでの1年半の生活が終わり、日本に帰国しました。

小3の新学期、久々にランドセルをせおって登校したのですが、、、

漢字がわからない(>_<)  

先生が黒板に次の日の時間割を漢字で書いたのですが、それがほとんど読めないのです。

恥ずかしくて先生にも言い出せず、半分泣きそうになりながら下校しました。

なぜ私の両親はアメリカにいるときに漢字を教えてくれなかったのか・・・

帰国して2年位はアメリカの友だちと文通をしていたのですが、帰国後は漢字のこともあるし、ちょっと日本語も変だったしで、毎日の生活でいっぱいいっぱい。

英語も急速に忘れて、いつの間にか文通も途切れてしまいました。

***

帰国後、英語を忘れないようにと週1回英会話教室に通わされました。

でも高学年になった頃には「海外経験がない子より、少し英語ができる」レベルで、とても帰国子女とはいえないものでした。

(もともと海外生活1年半では、帰国子女といわないのかもしれません)

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【中学時代】洋楽大好き!

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中学で知り合った帰国子女の友だちが、洋楽のレコードをたくさん貸してくれました。

はじめてWham!のレコードを聴いた時の衝撃は今でも忘れていません。

「こんなに華やかで楽しくて、カッコイイ音楽があるなんて!!」

 あっという間に洋楽に夢中になりました。

寝ている時以外は洋楽を流し、部屋にはCulture ClubとMadonnaのポスターを貼り付け、毎週ラジオでBillboardチャートをチェック。

TVK(テレビ神奈川)で夕方放送していた洋楽のビデオクリップを紹介する番組は、必ずビデオに録画して何度も観ました。

親に頼んでBonjoviの年越しライブにも行かせてもらいました。

レンタルレコード店にも通いました。当時CDはまだ少なくて、ほとんどレコードでした。テープに落として、友だちと貸し借りして、感想を言ったり。

とにかく洋楽のことで頭がいっぱいでした。

大好きな曲の歌詞をノートに書いて一緒に歌い、歌詞の意味を考えて、アーティストのインタビューを見て知らない単語を調べる。

今思えば理想的な英語の勉強でした。



***

あと中学時代は「公文式」で英語を習っていました。

同時に受講していた「公文式」の数学は私にとっては苦痛だったのですが、英語は教材がよくできていてとても楽しく、あっという間に最後の教材まで終えることができました。

「公文式」の英語のおかげで、中学・高校を通して英語は苦労せずに良い成績でした。

【高校時代】英語が得意科目に。

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進学した高校で素晴らしい英語の先生に出会うことができました。

その先生の授業のおかげで、本当に英語の勉強が楽しくて楽しくて。

英語を勉強して新しい知識を得ることにワクワクしました。胸がときめく感覚です。

あんなに英語が楽しいと思えたのは、後にも先にも高校時代だけです。

学校にあった「ペンギンリーダーズ」の英語の本は、ほとんど読みました。

英英辞典を使い始めたのも高校時代です。

【大学時代】英文科に入学したけれど。

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英語をもっと勉強したいと思い大学は英文科に進みました。 

でも英文科は英文学を勉強するところで、実際の英語の運用能力を育てることにはあまり重点をおいていないのです。

(少なくとも当時、私の通っていた学部では)

そんな重要なことに入学してから気がついたのですが、大学生活は自由で楽しくて、本来の「英語を使えるようになりたい」という目的を忘れてぼんやり4年間を過ごしてしまいました。

そのため卒業する頃には英語が好きだったことも忘れかけていました。

今考えても、私の大学4年間の過ごし方は後悔しかありません。。。

【日本企業に就職】やっぱり英語。

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英語を使う機会があまりない日本企業に就職しました。

しばらくは仕事を覚えて社会人としてそれなりに充実した日々を送っていました。

同時に海外旅行先で英語を少し使ったりして、徐々に英語への興味が戻ってきました。

さらに就職して数年経つと、社内での男女差別が辛くてついには我慢できずに退職しました。

その後少しの間、派遣社員として働きました。

そこでは外国人もいて英語を使う環境だったため、少しずつ英語に慣れることができました。

もっと英語力をつけたくなって「NCC英語綜合学院」という英語のスクールにも通いはじめました。

この「NCC英語綜合学院」で英語の基礎力を高めることができたと思っています。

今でも「NCC英語綜合学院」のホームページには「真剣に学習する人のみ募集」と書かれていて、本当に先生も生徒もみんな真剣でした。

毎回の授業時間は3時間以上で必ず課題があったので、毎日の通勤時間を授業の予習・復習に当てていました。

英語に対する自信が少しつくと、英語が使えて男女差別のない外資系企業への転職活動をはじめました。

【外資系企業に転職】英語を使う日々。

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外資系企業に入社して毎日英語に触れる環境になりました。

入社当時は英語を話す機会は比較的少なく、英語でのメールのやりとりや文書を翻訳することが中心でした。

英文の書き方などはテキストを買って勉強したり、通信講座を受講したり、外国人の同僚に教えてもらったりと必要に応じて勉強しました。

特にアメリカ本社から届くメールや通達は参考になることが多く、いいなと思う文章は積極的にマネしました。

本はできるだけペーパーバックを読み、家ではNHKの夜のニュースを英語で見るようにしていました。

外資系企業に転職して少し経った頃のTOEICは945点でした。

【専業主婦(現在)】英語に再挑戦!

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結婚・出産し、やっとの思いで子供を保育園に預けて一度は仕事に復帰しましたが、体力不足で仕事と育児の両立ができずに退職。

退職を決めた時には、かなりの挫折感でした。

しばらくは育児と家事で精一杯の毎日でしたが、子供が幼稚園に入園すると余裕が出てきて英語の勉強を再開しました。

英検1級の勉強を開始する前は、近所にある「茅ヶ崎方式英語会」に2年半通いました。

「茅ヶ崎方式英語会」はリスニングをしながらニュースに出てくるような単語を覚えるので、英検受験に役立ちました。

「茅ヶ崎方式英語会」の先生に勧められて、英検1級を受験することにしました。


さいごに。英検1級に合格した今

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英検1級には合格しましたが英語力はまだまだ。。。

英検1級はゴールではないことを実感する毎日です。

現在はオンラインの英会話を利用したり、海外ドラマをみて勉強を続けながら、このブログで英検1級に関する記事を書いています。

最近は英語学習のほか、家事の時短や断捨離にも取り組んでいます。

今後もよろしくお願いいたします。

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